『Y先生との思い出』

豊原正雄

 

Y先生は早稲田セミナーにおける、私の最も古い同僚の一人で、出会ってからもう二十数年が過ぎます。

 

最初にお会いした時は、私が塾講師から独立して早稲田セミナーを立ち上げたすぐの時期で、

「ずいぶん老けた感じの人だなー」という印象でした。保険業界からの転職だったと記憶しています。

 

彼の大学時代の友人に聞くと、学部内でも相当に将来を嘱望された人材で、民間に就職するという噂を聞き、担当教授が直接翻意を促しに来るほどだったそうです。

 

直接話しをしてみると、やはりかなりの秀才で、神奈川県下トップ校と目されている高校を卒業後、当たり前のように東大を受験、失敗するも滑り止めの早稲田に入学したとのことで、当時からその博学ぶりは私を含め他の講師を圧倒していました。

 

 

 

お互い独身で同年代という事もあり、すぐに意気投合して、仕事がおわったあとよく終電までダラダラ飲んでいろいろ話をさせてもらいました。

 

教え方はとにかく丁寧で、特に勉強が苦手な生徒に休日返上でよく付き合ってあげていました。受験シーズンを終え、合格発表後に生徒が訪ねてきて、お礼を言って帰る姿をよく目にしました。どのくらいサービス授業を行っていたのか、想像すらできません。とにかく「できない子に勉強の楽しさ」を教えたくてたまらないという感じでした。

 

 

 

塾での生活が落ち着くと、元々持っていた向学心、知識欲を満たすため大学院に入り、卒業後に非常勤講師をはじめました。そのころには、早稲田セミナーでも中核を担う人材でしたので、塾をやめるわけにもいかず、かけもちをしながらの生活でした。今から想像すると、相当に時間に追われる忙しい時期ではなかったかと思います。

 

私たちにしても、 30 代半ば過ぎで大学院に通い、その後大学の講師、助教授、、、などという例はなく、本人の趣味の延長として楽しくやっているんだろうくらいに考えていました。

 

 

 

ところがまさかの事がおきました。

 

10 年ほど前に本人から「九州の私大から准教授として招かれました。塾長の判断をお聞かせください。」

 

当時の常識では考えられない事態が起きました。よほど優れた論文を連発したのでしょう。

 

「 100 人中 100 人が大学准教授の道を選ぶと思いますよ。しかもその大学はかなりしっかりした基盤をもった、良い大学ではないですか。」と答えたものの、今までの長い付き合いを思うと、また、早稲田セミナーにとっても痛手には変わらず、複雑な思いでした。

 

それでも彼の夢がかなったのです。お祝いをして送り出しました。

 

 

 

その後の彼は学会などで、東京に来るたび連絡をくれ、お互いの近況を語り合ったりして、年 3 ~ 4 回程度飲食を共にしていました。彼にしてみれば、自分の教え子が塾講師として成長している姿を見ることが楽しみだったと思います。また、Y先生が来るという事を他の卒業生に伝えると、みんなよく集まりました。小さな同窓会のようでした。

 

 

 

彼から末期の肺がんに侵されているとカミングアウトされたのは 2 年前の事です。

 

何も考えることができず、セカンドオピニオン、都内の病院の方がよい、大学の同窓生に言えばもっといい方法が見つかるかも、とりとめのない事を口走った記憶があります。

 

彼はいつものように飄々と「お見舞い客の対応がめんどくさくてね。力を落とすな、諦めるなとか、勝手に舞い上がるんだろうから・・・黙っとくよ。」諦めているのか、達観しているのか、こちらとしてはその真意をつかめぬまま、彼の闘病生活を見守ることしかできませんでした。

 

その間も、彼は業務報告のようなメールで、その時々の病状を知らせてくれていました。

 

東京の病院に治療に来るときは、見舞いに行き、昔話をして過ごしました。

 

 

 

そして、とうとうその日が来てしまいました。

 

2014 年 9 月 18 日午後 5 時に永眠されました。

 

Y先生は前日の深夜まで研究室で同僚の仕事を手伝った後、自宅で急に具合が悪くなり、緊急入院。そのまま帰らぬ人となったそうです。

 

呼吸は苦しそうにしていたものの、穏やかな最期だったそうです。せめてもの救いです。

 

 

 

Y先生!飲みながら、君の話を聞くのが楽しみだった。

 

「人を育てようと思ったら持ち出しをしてなんぼだよ。」

 

「期待をするから、失望があるんだよ。」・・・

 

生徒をぼろくそに言いながら、誰よりも生徒を愛した君だった。

 

大学でも担当のゼミ生が暴力事件を起こし、その処分を議論する会議で、猛然とゼミ生擁護の論陣を張り、停学を回避させたと聞いた。

 

 

 

君はずっと変わっていなかった。

 

 

 

君が早稲田セミナーを去る時に号泣していた教え子は、立派な社会人になって海外で働いている。

 

君に結婚の相談をしていた教え子に、待望の第一子が生まれる。

 

私は君に何を報告できるだろう。

 

遅ればせながら、君の同僚、友人として恥ずかしくない人生を歩もうと思っている。

 

 

 

合掌                              早稲田セミナー塾長 豊原正雄

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